満を持して挑んだ“製造”という新領域
—— 小野建が踏み出した大きな一歩の立役者に迫る
鉄鋼の総合商社として業界を牽引してきた小野建株式会社。
その歴史の中で2024年、同社は新たな挑戦に踏み出した。静岡に「清水工場」と「静岡センター」を開設し、創業以来初となる“主要な鉄鋼製品の製造機能”を備えた拠点を立ち上げたのだ。卸売業から一歩踏み込み、製造へ。さらに首都圏市場の強化を見据えた挑戦でもあるこのプロジェクトは、まさに社運を賭けた一大転換点だった。
工場長として立ち上げを率いた坂田直己。そして、営業の最前線で奮闘した中村優希。異なる立場から関わった二人の視点から、このプロジェクトの舞台裏を追う。
“ゼロからの挑戦”
― 製造拠点立ち上げの重責
清水工場の立ち上げを任されたのは、入社10年目の坂田直己。これまで営業畑を歩んできた彼にとって、工場長としての抜擢は全く未知の領域だった。
「不安の方がはるかに大きかったですね。製造の経験なんて一切なかったですから。それでも、“選ばれたからにはやるしかない”と思いました」
工場の建物は完成していても、製造ラインの仕組みもルールも人材教育もすべてゼロから作り上げなければならない。さらに、稼働にあたってはJIS規格※の取得が必須条件だった。規格適合を証明するための裏付け資料づくりやトレーサビリティの確立、品質マネジメントシステムの整備、人員教育の計画——。日常業務と並行して積み上げるべき課題は山のようにあった。
審査や監査では、ヒアリングひとつで不合格になるリスクもあり、認証を維持するためには定期的な更新審査をクリアし続ける必要がある。坂田は「審査そのもの以上に、品質管理を日常の文化として根付かせることの方が難しかった」と振り返る。継続的なプレッシャーと向き合いながらも、愚直に体制づくりを進めた。
「責任の重さに苦しさを感じた瞬間もありましたが、そのプレッシャーを“楽しさ”に変えてきたんです。卸売から製造へ踏み出すことで、会社の存在意義を高めたい。唯一無二の挑戦を、自分が先陣を切って形にしていく。その覚悟だけは強く持っていました」
初代工場長として背負った重圧を力に変え、坂田はチームを導いていった。
※JIS(Japanese Industrial Standards/日本産業規格)とは、製品やサービスの品質・安全性・信頼性を確保するために定められた日本の国家規格。製造業の分野では、使用する原材料の品質や製造工程、検査体制などが厳しく定められており、工場単位での認証が求められる。
営業と製造の狭間で
― 静岡センターの葛藤
静岡センターで営業を担ったのが2018年入社の中村優希だ。東京支店から異動してきた中村に課せられたミッションは、静岡・愛知エリアでの営業開拓と加工部門のマネジメントだった。
「製造部門は導入する設備も初めてで、ノウハウを持つ人もゼロの状態。とにかく製造現場と打ち合わせを重ねながら、一つずつ仕組みを作っていきました」
新たに取り扱う「コラム」は、建物の柱に使われる重要な鋼材。耐震性に優れ、施工効率も高い。人手不足に悩む建設現場にとって、一次加工まで施したコラムを供給できることは大きな価値となる。しかし、その供給体制を整えるまでには数え切れない課題が立ちはだかった。
「受注した商品が製造できてから一次加工を施してやっと納品ができる。納期に対しての営業の要望と、現場の負担。その狭間で何度も調整に悩みました。けれど“お客さまの要望に応えるため”。その思いで坂田さんと何度も話し合い、納期を守り抜きました。あのときの達成感は、決して忘れられません」
不可能に思えた状況を、仲間との連携で突破する。そこには営業マンとしての誇りと責任感があった。
衝突と信頼
― 仲間と築いた関係性
製造の現場と営業。立場が違えば、優先すべきものも違う。時に衝突し、時に悩みながら、それでも二人は何度も腹を割って話し合った。
「納期を決めてくれないと営業は動けない」「製造の現場に無理を強いるわけにはいかない」―。そんな緊張感あふれるやりとりが、幾度となく繰り返された。
しかし、そのぶつかり合いがあったからこそ互いの信頼は深まっていった。坂田は「責任感が強く、きっちり説明を求める。だからこそ任せられる」と中村を評し、中村もまた「坂田さんは注意深く、配慮が行き届いた責任感の強い人。背中を追いかけたい存在」と語る。
苦しい場面を共に乗り越えた経験が、強い絆を生み、プロジェクトを成功へと導いたのだ。
未来を切り拓く存在感
― 二人が見据える道
清水工場の稼働から一年足らず。まだまだ課題は山積みだが、着実に成果を積み上げつつある。坂田は「ここで得た知識や経験を次の拠点へ伝え、全国に製造ネットワークを広げたい」と語る。中村もまた「任されたからには爪痕を残す。数字で結果を示し、東京支店の新たな柱になりたい」と力強く話してくれた。
二人が見据えるのは、安定した稼働だけではない。製造という新たな武器を得た小野建を、さらに強く大きな会社へと押し上げることだ。現場で積み上げた経験を未来につなぎ、営業の最前線で信頼を築く。その両輪が噛み合ったとき、初めて「製造拠点の意味」が形になるだろう。
卸売から製造へ。小野建の歴史において類を見ない挑戦は、二人のような若きリーダーたちによって支えられている。